法人その5 法人の越権
- 2008/10/15(水) 22:31:02
法人の能力には制限がつきます。
自然人のように法人にも個性を与えるため、
設立時に、法人の目的、というものを登記したのでした。
この目的に沿わない法行為は無効となります。
つまり、法人はひとり立ちした“人”のようでありながら
“目的”の範囲外では、“未成年者と同じ”制限行為能力者であるようなものです。
この会社の越権行為を定める考え方、イギリスの法律から来ています。
イギリスで株式会社が多く設立されるにつれ、
その行為を制限する必要があるとして定められました。
しかし、すぐになくなりました。
会社の活動の障害になるから、ということでした。
ですが、日本の民法には残っているのです。
定義に定めた“目的”外の行為は越権となるわけですが、さてどんな場合でしょう。
問題となったのは、企業から政治団体への献金。
政治献金は、定義に定める目的、に含まれるのか、問題となりました。
判決は、『含まれる』とされました。
目的を遂行する上で、直接、間接的に必要ならば含むとする、ということでした。
間接的にも営利目的に当たらない、とことなんてなかなかありません。
実質的に日本でも、株式会社の越権行為の理論はなくなったといっても過言ではないでしょう。
非営利団体に関しては、理論としては同じなのに、判決は様々あります。
労働組合の政治団体への献金、営利団体についてと同じ理屈であれば『アリ』なのでしょうが、
労働組合はその性質上、脱退の自由がない、などといった理由から、
労働組合の目的には『含まれない』との判決がくだされました。
ですが、同じく労働組合にて、強制的に被災者への寄付を集めたものでは
他との提携、協力、援助は組合の目的の範囲であるとして、
労働組合の目的に『含む』との判決が与えられました。
前者の理屈からするとおかしいのでは、とも思われますが。
契約が目的の範囲内か、とのここまでの話、
範囲内か範囲外かと争うのは法人の内部での話でした。
法人内部の人間が法人の行為として目的に沿っているかということを考える訳です。
契約が外部の人間にとっても大きな意味がある場合、外部の人間の保護はどのようになるでしょう。
組合が諸事情より外部のAにお金を貸す形になったとします。
組合の目的として人にお金を貸すことは想定されていない場合、
Aは組合にお金を返さないということでよいのでしょうか。
判決は、目的に沿った、基盤をつくるための行為であれば目的の範囲内としました。
(この件では、業務依頼のため一部資金を貸し付けるという行為でした。)
また、例え範囲外と判断されAへの貸付の行為が無効となったとしても
Aは不当利得を返還する義務を負うこととなります。
そう大差はないでしょう。
社会変化とマクロ経済
- 2008/10/14(火) 22:28:30
1929年の株価暴落において、マクロ経済の考え方は生まれました。
株価が1/4に下落し、雇用も1/4減りました。
この恐慌に対し、ケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』を発表しました。
これが現在のマクロ経済の原型であるとのことです。
マクロ経済により、失業率とインフレの間にトレードオフの関係があることが分かっていきます。
失業率を低く保つためには、ある程度のインフレを受けなければいけない。
「高インフレは低失業率のため、必要なコストなんだ」という考えが生まれました。
1970年代、原油の高騰によりこのトレードオフも崩壊します。
失業とインフレが同時に進行しました。
“スタグフレーション”と呼ばれるものです。
この現象に対し、利子率を大幅に引き上げることでアメリカは対応しました。
利子率を高くすることで、お金は消費から貯蓄に回り、インフレは収まりました。
ですが、失業率はより高い水準となりました。
政府による、人々の生活の保障が、より必要となっていきました。
生活の保障、“社会保障”の他に、経済危機でも金融が混乱しないよう、
“預金保障”が行われるようになりました。
これにより人々は安心して、銀行に財産を預けることができるようになりました。
これは、人々の銀行に預金するインセンティブとして働きます。
つまり、人々は利子が以前より低くともお金を銀行に預けるようになります。
以前のように、景気が良く、銀行がお金が必要なとき、
利子を引き上げることでお金が集まってくるのではなくなったのです。
利子が低くともお金が集まってくるようになるのです。
これにより、銀行では良い投資案件がないのに資金は豊富にあるという状態が生まれます。
銀行は失敗しても政府が保証してくれるのであればと
よりリスクの高い投資案に積極的に関わっていくようになります。
法人その4 組合と社団と権利能力ない社団と
- 2008/10/10(金) 22:35:27
組合と社団は法律上、はっきりとした区別はないのでした。
組合という名前でも社団であったりします。
民法上に定められる組合は、個人の集まりであり、団体自体には人格がない。
民法上に定められる社団は、団体自体が人格を持ち、集まる人は無個性なのでした。
ここまでがその3で学習したことですが、ここにその間の概念が入ってきます。
“権利能力のない社団”です。
社団だけれども、組合のように団体には権利能力がない、つまり法人ではないのです。
設立過程にある社団などがあたります。
この権利能力のない社団は、法律行為においてどのような扱いを受けるのでしょうか。
権利能力のない社団が契約を結んだ場合、その権利義務は誰に帰属するでしょう。
社団であれば、権利義務は法人である社団に帰属します。
無個性である構成員は社団の結ぶ契約の主体とは成り得ません。
組合であれば、権利義務は各構成員が共有することとなります。
組合は法人ではないので、自然人のように契約の主体となることはできません。
では、権利能力のない社団はどうでしょう。
権利義務は構成員の“総有”となります。
総有とは自由には処分できない団体の権利義務として持つ、ということです。
これは社団の財産に対する考えと同じです。
個々の構成員の分、という考えはなく、“社団のもの”です。
対し、“共有”であれば1つのものを複数の人が所有しているということになりますから
契約であれば分割は難しいでしょうが、財産であれば分割も可能になります。
共有しているため、自由に持ち出したりすることはできませんが。
権利義務の所有に関しては、“社団”に近い扱いである、といえます。
では、その所有の登記に関してはどうでしょう。
社団であれば、団体財産は法人名義にて登記することとなります。
組合は人格を持たないので、その名義で登記することはできません。
構成員の共有名義にて登記することとなります。
権威能力のない社団の場合は、“権利能力がない”わけですから
社団名義にて登記することはできません。
構成員の共有名義にて登記となります。
権利能力ない社団は権利義務の帰属等、実質は法人よりですが、
登記等、手続き上は組合よりということの良いようです。




